アスタキサンチンは、エビ・カニなどの甲殻類、サケ・タイ・コイ・キンギョなど魚類の赤色の色素として存在し、自然界特に海洋に生息する生物に広く分布する赤燈色の色素である。一般に、魚類・甲殻類ではエステル型またはアスタキサンチン結合たんぱく質として存在している。われわれ人類にとっては、エビ・カニなどの甲殻類、サケ・タイなどの魚類は食物として古来より食されてきものであるから、これらに存在するアスタキサンチンは食物と同じくらい古くから摂取してきた食成分のひとである。
カロテノイドの海洋無脊椎動物における代謝、魚類における体内移行に関する研究、漁業廃棄物からの有価物の回収などカロテノイドの研究は多数報告されており、総説なども発表されている1)。
これまで文献に見られるアスタキサンチンの存在を次表にまとめ、それらの詳細を続けて記述する。
アスタキサンチンの分布
生 物 (文献) |
微生物 |
緑藻(Haematococcus pluvialis) |
1) |
ユーグレナ(Euglena heliorubescens) |
2) |
クロレラ(Chlorela zofingiensis) |
3) |
赤色酵母Phaffia rhodozyma. |
4) |
好熱細菌(Meiothermus ruber) |
5) |
昆虫など |
甲虫(Leptinotaras decemineata) |
6) |
腹足類(Pomacea cancaliculata)卵巣 |
7) |
条虫類(Taenia saginata) |
8) |
ヒル |
9) |
魚介類 |
ロブスター(Astacus gammarus L.) |
10) |
サケ卵(イクラ) |
11) |
棘皮動物(Ophidiaster ophidianus) |
12) |
ヒトデ(Asterina panceri) |
13) |
フジツボ(Lepas fascicularis) |
14) |
カダヤシ(Gambusia holbrooki Grd) |
15) |
金魚 |
16) |
ニシキゴイ |
17) |
サケ(Scottish salmon)の肉 |
18) |
マダイ(Eoynnis japonica Tanaka) |
19) |
ヨーロッパウナギ(Anguilla anguilla L) |
20) |
魚類9種,甲殻類4種帆立貝 |
21) |
キャビア |
22) |
オキアミ(Euphausia superba) |
23) |
イカ(Sepia modokai) |
24) |
タコ(Octopus vulgaris) |
24) |
トリ |
ニワトリ (Leghorn) |
25) |
トリの繁殖期羽毛 |
26) |
アメリカフラミンゴの羽や紫色皮膚 |
27) |
19種の鳥のcone oil droplets |
28) |
動物 |
イモリ(Triton nodifer)の卵巣 |
29) |
カメのrentinal cone oil droplets |
30) |
植物 |
フクジュ草(Adonis annua L.)花弁 |
31) |
一般に魚類ではカロテノイドを生合成できないため 1) カロテノイドを合成する植物・動物プランクトンなどの餌からカロテノイドを得て色素としている。カロテノイド変換能を有する甲殻類などは、餌に由来するカロテノイドをそのまま、あるいは他の色素に代謝した後、各組織に蓄積して色調を発現している 2) 。
サケやニジマスは摂取した食物中のアスタキサンチンを体内、特に筋肉中 3) にも蓄積し、カロテノイドの強力な抗酸化作用を利用して有害な活性酸素から生体を防御している。サケでは川を溯上する時のエネルギー代謝、さらに産卵した卵へアスタキサンチンを移行させて、孵化までの卵の保護、幼魚の成育に役立てていると考えられている。卵と稚魚の生存率は、卵中のカロテノイド濃度の増加とともに有意に高まり、また卵のカロテノイド濃度と孵化率との間に相関関係がある 4) 5) 。卵の斃死率も卵の色調が濃くなるにつれ減少する傾向がある。キンキ、メバル、マダイ(Eoynnis japonica Tanaka) 6) 、キンメダイ、ニシキゴイ(Cyprinus carpio) 7) 、キンギョ 8) といった赤い魚 9) の体表部分の色素の主要な成分はアスタキサンチンであることが多い。
甲殻類でも魚類におけると同様にカロテノイドを餌であるプランクトン・微細生物から得ている。カロテノイドは食物連鎖で体内に取り入れられ、アスタキサンチンへ体内で変換され、体表ではアスタキサンチンが色素として、また、たんぱく質と結合したアスタキサンチンはたんぱく質として存在する。生体では赤色〜黒色まで色調は多様であるが加熱によりアスタキサンチンとたん白質の結合が切断され、アスタキサンチンが遊離して赤色を呈するために調理でエビなどが赤色に色を変える。
ロブスター(Astacus gammarus L) 1) 、エビ、カニの甲羅やウニ 2) 、オキアミ(Euphausia superba) 3) 、ヤドカリ 4) などに含まれている。アスタキサンチンたんぱく質としてのみならず、結合していないアスタキサンチンのエステル体としても存在している。テナガエビ(Penaeus japonicus Bate) 5) はカロテンからアスタキサンチンを作ることが知られている。これらの生物の卵にもアスタキサンチンの存在している。深海性赤エビ(Pleuroncodes planipes; Decapoda, Anomura) 6) のアスタキサンチンのエステル体は、ジエステル体が70%、モノエステル体が12%、フリー体が10%、その他のカロテノイドなど8%であった。
フジツボ(Lepas fascicularis) 1) 、ヒトデ(Asterina panceri) 2) 、イカ(Sepia modokai など) 3) やタコ
(Octopus vulgaris など) 3) に存在している。カロテノイド結合蛋白は擬態の色調変化に役立っている。
Haematococcus 藻は自然界に広く分布する藻で、「ヨ−ロッパではスカンジナビアからベニスまで、テキサスからマサッチュ−セッツまで分布する(T.E. Hazen)」などと言われるくらいで、勿論日本にも分布し世界中に分布する普遍的な藻である。海岸近くの水溜りや浅瀬に赤くへばりついて見出される。これまでこの藻の毒性についての報告は見当たらない。淡水産の緑藻の一種 Haematococcus pluvialis は、増殖段階では緑色をした運動性の藻であるが、環境条件が変ると、例えば培地の低窒素・低燐酸化 1) 、高温、強い光 2) などに曝されるとアプラノスポアーを形成し、その中に赤色の色素を蓄積する。その赤色成分がアスタキサンチンであることをTischer,J. (1938) 3) が見出した。彼はH. pluvialisを培養して 4) アスタキサンチンの研究に用いていた。
分類学上は Haematococcus pluvialis は、
Chlorophyta 門 : Chlorophyceae 綱 : Volvocales 目 : Hematococcaceae 科 :
Heamatococcus 属 : pluvialis 種
現在 H. pluvialis は、工業的にアスタキサンチンを得る有力な生産方法の一つとして利用されている 5) 。H. pluvialisのアスタキサンチン生合成に関する研究から生合成経路も解明されている 6) 。この分野で、多くの日本の研究者が研究成果を挙げており、アスタキサンチンの実用化や性質の解明に貢献している。
Phaffia Rhodozyma についてH.J. Phaff の総説 1) 参照。
アスタキサンチンを産生する酵母として、赤色酵母のPhaffia RhodozymaがA.G.Andrewes 2) らにより見出されてから、アスタキサンチンの産生酵母として世界中で研究が行われるようになった。当初はアスタキサンチン含量が低いこと、厚い細胞膜を持つためアスタキサンチンの抽出が困難等の問題点があったが、高生産株の選抜育種、抽出方法 3) 4) の改良等により現在ではアスタキサンチンの生産に用いられている。アスタキサンチン生産微生物としてH. pluvialisと同様に利用されている。この酵母が産生するアスタキサンチンは、化学構造が天然に一般に見出されるアスタキサンチン(3S,3’S-体)と反対の構造の3R,3’R-体である 5) 。分離された水酸基を持つ色素(アスタキサンチンも含む)はエステルや他の化合物と結合していない形 6) で存在している。
バクテリアにてもアスタキサンチンを生産するものが多く存在する。総説として以下の文献 1) を参照。
ユーグレナ(Euglena heliorubescens) 2) 、にもアスタキサンチンが見出されるものがある。Agrobacterium aurantiacum 3) が(3S,3’S)-アスタキサンチンを生産することが確認されている。野生種での生産性は低いが、バクテリアは生育期間が短く培養が容易なためアスタキサンチンの工業生産にむけて検討が試みられている。Bacillus firmus 4) の生産する色素はアスタキサンチンであった。Thraustochytrium sp. 5) が青色光照射の下でアスタキサンチンを産生した。Paracoccus carotinifaciens sp. 6) はアスタキサンチンを生産しるがbacteriochlorophyllを産生しない。Paracoccus haeundaensis sp. 7) は新たに海水から分離された産生菌である。植物性および動物性プランクトンや海洋性バクテリアなど海洋性微生物の多くがアスタキサンチンを産生している
多分餌からの食物連鎖でアスタキサンチンが存在するものと思われるが、いろいろな生物、特に鳥類などで存在が確認されている。
レグホン系ニワトリの網膜 1) 、Colorado potato beetle(Leptinotaras decemineata) 2) 、トリの繁殖期羽毛 3) 、イモリ(Triton nodifer)の卵巣 4) 、アメリカフラミンゴの羽や紫色の皮膚 5) 、フクジュ草(Adonis annua L.)の花弁 6) 、条虫類(Taenia saginata) 7) 、ヒル 8) 、カメ(Emydoidea blandingii)の網膜の油滴 9) など多彩な分布が見られる。
水産物に関する文献 - 微生物に関する文献 - その他の生物に関する文献
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